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紅葉国には小さな食糧倉庫がある。牧歌的な風景の中にぽつりぽつ
りと点在するそれらは、紅葉国の景観に合わせて床を高く作られており、あまり近代的な印象を受けない外観を持っている。しかし、実際は貯蔵されている食糧のために内部の湿度・温度他を機械で完全に制御している先端技術の塊のような倉庫である。
そんな高性能な食糧倉庫ではあったが、紅葉国には土地が極端に少なく、そのせいで一つの倉庫に貯蔵出来る食糧の総量は、決して多くはなかった。これは同様に陸地が極端に少ないために農地がメガフロートや海中ドームなど海に移され、あらゆる環境を制御して農業を行う紅葉国独自のスタイルのおかげであり、意図的に収穫の周期をずらすことが可能であるために成立するシステムであった。
ただし、それが成立するのは平穏無事な時代のおかげである。故郷を追われ、戦争が始まり、過剰なストレスを受けながら出撃していく多くの南国人は、予想以上に大食いだった。そのことに気付いた政庁が行った試算は、今のシステムが1年以内に崩壊すると示していた。

紅葉国は田舎であり、南国人は大抵が脳天気な性分であったが、1年待って大ピンチに陥ってからさぁどうしようかと考えようとするほど呑気なわけでもなかった。政庁に大勢の研究者や建築家が集められ、会議が行われる。目の下にクマを作った藩王は、集まった大勢の前で静かに宣言した。
「食糧倉庫を作りましょう。」
宣言に会議室がざわめく。何人かが手を上げては、自分の意見を口にした。
「え? いや、ありますよね? 生産地と、集配場と、あとは民間のものもいくつか…。」
「そんなことよりスプリンター育成しましょうよ!」
呑気ではなかったが、危機感は極端に低かった。円卓に肘を乗せていた藩王ルウシィが、微笑んだままパチンと指を鳴らす。カーテンが自動的に閉まり電気が消され、会議室の壁にいくつかのグラフが映し出される。暗くなった会議室のそこかしこで、瞳孔が開いた瞳が光っていた。
「このままでは、餓死者が出る。食糧倉庫は今必要なのよ。」
藩王の言葉に今度は会議室が静まり返る。壁には海底に作られた食糧倉庫の完成予想図が大きく映し出された。
「促成栽培の技術はある。貯蔵する場所があれば、仮想的な土地が増えるわ。最低でも、20万トンは貯蔵したいわね。」
静かな会議室から、今度は一本だけ手が挙がる。
「……そんなに海底にスペースの余裕がありますか?」
質問にニヤリと笑って、ルウシィが再び指を鳴らした。映像が巨大な3階層の食糧倉庫に変わって、小さく感嘆の声が洩れる。
「7階層とまではいかなくとも、階層を分ければスペースの節約が出来る。」
壁の映像が次々に変化し、海底のものだけでなくメガフロートに乗った食糧倉庫やそれらの設計図。各食糧倉庫間や集配場、生産地との相互に移動する経路が映し出される。手元の資料と映像を交互に見た会議参加者の中に、食糧倉庫の製造に反対する者はいなかった。

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数ヶ月後、紅葉国海底ドーム。
「はーい、ここが3号食糧倉庫。一番大きい食糧倉庫です。ここに備蓄されている食糧は、皆の家にも運ばれているんですよー。」
巨大な食糧倉庫を作るのは初めてでも、巨大な海底ドームや巨大なフロート、及び冷蔵・冷凍庫付きの食糧倉庫を作るノウハウを持っていた紅葉国にとって、新たに食糧倉庫を作る事業はとんでもない難題、というわけではなかった。
一般公開されている食糧倉庫を、大勢の学生が案内されていく。自分たちの背丈より倍以上高い貯蔵棚を見上げて、ぽかんと口を開けてはまたうろうろと倉庫内を眺めて回る。倉庫中で金髪の頭が揺れるのを見ながら、引率者は少し大きめに声を出した。
「質問のある人は、いませんか?」
金髪が揺れながら引率者の近くに寄り、細すぎるでも太すぎるでもない健康的な褐色の腕が、そこかしこから生える。その度に引率者が質問者を指名しては、質問に答えていく。
「この倉庫、寒くないですか?」
「はい、寒いです。食糧が痛まないように室温が制御されているので、露出の多い服を着ている私は特に寒いです。」
「これは何ですか?」
「はい、それはネズミとりです。技族の卵さんたちが作ってくれたもので、色々な種類があります。」
少し不馴れに答える引率者を見て、学生たちは真面目な顔でメモをとっていく。ネズミとりのくだりを書こうとしていた一人の学生は、名前の分からないそれに少し悩んでから「ネズミとりの何か」と書き込んだ。
「はい。では他に質問もないようですから、お昼ご飯を食べに行きましょう。午後からは、もう一つの新しい施設に行きますよ。」
引率者の言葉に学生たちが歓声を上げる。もう一つの新しい施設、つまり巨大な食糧倉庫と同時期に作られた施設は、観光地であった。口々に楽しみであると言いながら学生たちが出て行った後ろで、重たい3号食糧倉庫の扉が静かに閉まった。
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